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それでも、東アジアのななめ上を目指す。

2018夏・日本列島跳躍旅行(7)夕張駅から新夕張駅へ

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 夕張から乗り込む列車は、廃止が決まった新夕張までの区間を経て、千歳までの各駅停車。別れを惜しむ多くの旅行者を乗せて、夕張駅を発車しました。

 

 

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 夕張から最初の駅は鹿ノ谷駅。駅舎には柵が張り巡らされ、待合室(たぶん)以外は入れなくなっています。

 

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 鹿ノ谷駅を出てすぐ、バスと徒歩で通った三叉路のそばを通ります。鉄道で観光客が来ることは想定されていないのか、こちらがわに向いた看板はまるでありません。

 

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 その後すぐに、夕鉄バス本社ターミナルを通過。当たり前ですが、何十分もかけて歩いたところを、鉄道はあっという間に通り過ぎていきます。

 この後列車は山を分け入り、再び風景が少し開けたところで、清水沢駅へ。かつては旅客営業を行う私鉄として道内で最後に残った三菱石炭鉱業大夕張鉄道との接続駅でした。ただ、今はホームも線路も1つだけで、私が座っていたのと反対側にあったので、撮影はできませんでした。

 

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 清水沢駅の次は南清水沢。簡素な駅舎ですが、鹿ノ谷駅と比べると使われている感があります。

 

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 南清水沢から、列車は割合開けた土地を国道と併走して、次の沼ノ沢駅へ。新夕張までの最後の駅です。

 

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 駅舎は草木の向こう。緑に埋もれたようにすら見えます。ただ、奥には駅の名前ではない看板が出ていて、駅が放置されていないことが分かります。

 そして沼ノ沢を出た列車は、大きく右にカーブしていきます。向こうには長い貨物列車が見え、石勝線の本線が近づいたことが伝わります。列車はさらにカーブを重ねて本線合流、新夕張駅へと入っていきます。

 

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 新夕張駅到着。ここでしばらく列車は停車します。

 

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 停車時間を利用して、ホームに降りてみました。駅は縮小されたようで、広い敷地が空いています。ホームには夕張方面への列車の停車位置を示す案内板がまだ残っています。

 

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 駅の南側には高速道路が走っています。かつては難所日勝峠が道東への自動車の行く手を阻んでいましたが、今はトンネルで楽に走り抜けられるようになりました。その分、鉄道輸送はますます分が悪くなります。

 

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 ホームから南千歳方面を眺めます。見るからに高速で走り抜けられそうな太く直線的なレールが、十勝、根釧と札幌を結ぶ幹線としての存在感を示します。ただその分、保線や整備に負担がかかるのも容易に想像できます。新夕張から夕張までの間、僅かな区間を廃止したところで、その負担が変わることはありません。

 

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 ホームの反対側。かつてここが紅葉山と言われていた頃は、夕張方面行が本線扱いで、ここから登川という駅まで支線が分かれることになっていました。しかし、その支線が基となり、道東とを結ぶ新たな路線が開業、支線と本線の立場は逆転します。

 

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 今は夕張行きの線路が、新夕張駅を出てすぐに石勝線の本線から分岐、カーブしていく形になっています。そしてそれも、来年の春までです。

 

※ 本エントリの基となった旅行には、2018年8月下旬に出かけてきました。そしてエントリ作成の途上で、北海道胆振東部地震が発生しました。今も被害が続く中、本エントリを執筆すべきかどうか、率直に言えば迷いはありました。

 ただ、あえて執筆・公開することにしました。その理由としては、まず個人旅行の記録とはいえ、不自然な形で公開を中止することに疑問を感じたことがあります。また、いずれ北海道が復旧・復興するときに、柱となる産業の1つが観光・旅行業となります。不遜を承知の上で、道内の旅についての文章を公開することで、単なる「被災地」ではない北海道に対して、僅かなりとも関心が向かうことにつながればとも思いました。これは阪神・淡路大震災を経験し、その後も長らく阪神間に暮らした者としての思いでもあります。

 北海道胆振東部地震で被災された皆様に、心からお見舞いを申し上げます。一日も早い復旧を願って止みません。

 

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