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それでも、東アジアのななめ上を目指す。

第29回全米サービス・ラーニング年次大会参加記(4)大会第1日後半

 

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 第29回全米サービス・ラーニング年次大会、1日目午前の2つのセッションが終わりました。この後は全体でのランチセッション、さらに午後のセッションとなります。

 

 

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 ランチセッションでは参加者がホールで一堂に会し、昼食を取りながらプレゼンテーションを聴きます。司会はこの2人で、どうも学部生のようです(ちゃんと聞き取れてない)。日本では学部生どころか、院生ですらこの種の大会の司会というのは考えられないので驚きましたが、会場をよく見れば中学生かそれより小さそうな子どももいます。

 サービス・ラーニングの大会というと、教育者や受け入れ組織など教育を提供する側が集まるイメージがありましたが、こちらは教育を受ける世代も参加者の中に入っています。しかし、参加費どうなってるんだろう。

 

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 ランチ会場にはあらかじめサラダが各席に置いてあります。前回の訪米以来、とかく野菜、しかも生野菜が乏しいのを強く感じていたので、これは良いことだと思いました……が、レタスを芯ごとぶつ切りにしてゴロンと置くのは、私にはない感覚です。

 

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 メインディッシュは割と普通。ただ、アメリカの人には量が足りないかも、という気がしました。たった二度目の訪米で、だいぶこちらの量の感覚に冒されています。

 

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 プレゼンテーションは若い世代のものが主です。おそらく一番若いのが彼ですが、やっていることはマラソンを走りながら途上国の人々に安全な水を提供するプロジェクトを啓発するという大人顔負けの活動です。

 

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 一方で、生徒会の選挙用にこんなポスターを作るという一面も見せ、会場大爆笑です。

 ただ、個人的には話の内容よりも、このスピーチ(プレゼンテーションというより、こっちのイメージ)と会場の「いかにもアメリカ」という印象の方が強く残りました。話す方はユーモアも交えつつ、感動させるところは感動させる。聴く方も聴く方で、笑い所で笑い、印象的なところでは立ち上がって拍手する。議会演説や授賞式、ニュースに出てくる様々な機会で目にする「アメリカのスピーチ」と、その会場の雰囲気とはこういうものなのか、というのを体感した気がしました。

 そして、登壇者がこの年にして早くもそういうスピーチを心得ているのも驚きです。もっとも、こういうスピーチができるから全体集会に呼ばれた、という方が正確かも知れませんが。

 

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 この後も社会的起業を成功させた若い移民によるスピーチや、ディスカッションが次々と行われます。

 

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 で、最後は司会者が会場を背に自撮り。これまた驚きましたが、念のため書いておくと、セッションが終わった後のことではありません。実際、終了後だと聴衆が出て行って、背景があまりよろしくないですし(そういう問題じゃない)。

 

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 さて、午後のセッションです。この大会ではセッションごとに主となる聴衆が示されています。例えば、K-12(幼稚園から高校3年生相当)の教職員、サービス・ラーニングのコーディネータ、学生、若者等です。この中に高等教育教職員というのもあるので、私はそれらを主に選んで参加しています。今回は大ホールでの2回分連続セッションで、年長者の話を聞こうとの趣旨のものに出てみました。

 

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 内容は、移民やアメリカ・インディアン(ネイティブ・アメリカン)等、様々なバックグラウンドを持った人々によるライフ・ヒストリーが主です。

 中でも特に心を打たれたのが、アメリカ・インディアンの女性が語った、民族の苦難の歴史でした。居留地での苦しい生活、厳しい寄宿舎暮らし、そしてアメリカに「同化されてしまった」と語る中で、民族の歴史と誇りを取り戻そうとする努力。辺縁に追いやられた人々の存在は、日本でもいくらでも学べますが(むしろそれらが得てして記憶されないことが問題なのですが……)、その人々の体験、何よりその重みを知ることは簡単ではありませんし、それらを可能にするのは、やはり「生の語り」に触れることです。

 と、いわゆる「量的研究」に分類される統計分析を主に行う研究者が言うのもヘンに思われそうですが、一方でフィールドワーカーのなりそこないとして、体感的事実の価値はやはり忘れたくないもの。それだけに、このセッションに参加して良かったと実感した次第です。

 

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