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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

2017・中九州冬の旅(6)南阿蘇鉄道で高森から中松へ

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 高森中央から歩いて5分もしないうちに、南阿蘇鉄道高森駅が見つかりました。ここからは現在営業中の高森-中松間を往復します。往復する以外に予定はないのですが、熊本地震での被災から復旧できた区間に乗車することに意味があるのです。

 

 

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 ホームに出ると、「始発駅」という駅名板がありました。前回のエントリでも書きましたが、南阿蘇鉄道は高森から豊肥本線の立野までが本来の営業区間です。

 

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 高森の駅の奥は車庫になっていて、ディーゼルカートロッコ列車が休んでいます。世が世なら、線路はこの先から延岡まで延びていたでしょうし、そうなったら熊本から延岡、さらには宮崎方面への特急が走っていたかも知れません。

 

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 中松止のディーゼルカーは既にホームに入っていました。MT-3001号車、ローカル線の第三セクター化初期の車両にありがち(?)な流線型です。

 

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 立野・中松間が熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇鉄道。「立野」の上に現在の終点である「中松」の文字がかぶさっています。残念ですが、全線再開まで辛抱するしかありません。

 

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 車内に入ると、乗客の姿はありません。発車まで時間はほとんどなく、結局私一人を乗せるだけで、列車は立野駅を出発しました。

 

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 列車は阿蘇連山に囲まれた盆地をゆっくりと走っていきます。最初に着いた駅は見晴台。運転士さんのアナウンスによれば、現在放送中のテレビCMの舞台となっているのだとか。

 

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 こちらがそのCMについて……なのですが、実は見たことがなかったり(汗)スポーツ中継や地元のニュースが気になる時でもない限り、民法の地上波放送はまず見ないもので……

 さておき、このCMのおかげで駅を訪れて自販機で紅茶を買う人が来るようになったとのことですが、列車にはなかなか乗ってくれない、とは運転士さんの弁です。 

 

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 列車の右手、開けた盆地の向こうに、阿蘇の山々が全貌を表します。この間、運転士さんはほとんど途切れることなく、右手には阿蘇山、左手には名水百選に選ばれた湧水と語れば、名所の近くでは列車のスピードを緩めて、観光ガイドに努めています。

 ただ、その案内をする相手は私一人。他には誰もいないのです。そんな中、せっかく案内してくれているのにリアクションしないのも正直気が引けますし、かと言って運転中の運転士に話しかけるのは安全上よろしくありません。とりあえずカメラを持って、案内のあるたびに車内を右に左にと動いては、いろいろと写真を撮っています。

 

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 南阿蘇鉄道阿蘇山に源流を発し、熊本市内へと流れていく白川沿いを走っています。その白川を渡る鉄橋は3つ、とりわけ第一鉄橋の眺めが壮観なのですが、悲しいかな現在は運休中。運転区間に唯一あるのが、小さな第三鉄橋です。

 

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 列車は阿蘇白川を過ぎると、池のほとりを通ります。ここは明神池といって、河童伝説があったり、子宝に恵まれるという水としても知られているという話です。現在は公園として整備されていて、阿蘇白川の駅からだと歩いて行ける距離です。

 

■ みなみあそ村観光協会明神池名水公園

 

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 その阿蘇白川からだいぶ走ったところで、終点の中松駅に着きました。時刻表によれば高森からここまで7.2キロ、その間に100メートル以上降りたことになります。

 

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 中松から立野方面に伸びる線路。しかしポイントのすぐ向こうに土嚢が積んであり、列車は進むことができません。さらに奥の線路もすぐに姿を消してしまい、その先を見通すことはできません。沿線自治体の協力もあって、何とか復旧が決まったこの区間ですが、再び列車が走るのは、相当先の話です。