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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

シリーズ土佐の駅(130)伊野駅(とさでん交通伊野線)

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 はりまや橋から高知市内を西に横切り、いの町に入ってきた伊野線が、とうとう終点の伊野にたどりつきました。これよりにしにとさでんの駅はなく、駅名板の次駅表示も右矢印だけ、どこか据わりの悪い感じがします。

 

 

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 伊野は隣の伊野駅前から目と鼻の先。足の速い人なら、伊野で電車に乗り遅れても十分追いつけそうな距離です。さらに目を凝らせば、その先の鳴谷の安全地帯まで見えてきます。

 

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 伊野線の線路は、伊野の停留所の手前で二手に分かれています。ただよく見ると、ポイントを動かす仕組みは見当たらず、本来動く部分が固定してあります。電車は手前側に曲がることしかできません。

 

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 ポイントの先にある2組の線路。伊野駅に向かう電車が進めるのは、先程のポイントの仕組み上、右側の線路のみです。左側線路横の路上には、電車の降り場を示す標示がありますが、これが使われることはなく、乗客は右側の線路奥で乗り降りします。

 

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 二手に分かれた線路は、車止めの手前で再び合流するように見えます。

 しかし、左側の線路はほとんど埋められ、ポイントも動かせそうにありません。伏線に見えた線路ですが、今使えるのは、どうやら片方のみです。

 

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 その線路に高知市内からの電車がやって来ました。新しい駅舎につながるホームのところで一仕事終え、しかし休む間もほとんどなく、再び東へ走りはじめます。

 

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 案内板によれば、今の伊野駅の駅舎ができたのは9年前のこと。低層ビルも少なくない中心街ですが、あえて土佐の伝統的な工法で建てられています。

 

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 駅を訪れたのは正月末のこと。もうすぐ2月に入る頃でも、駅舎への入口には正月飾りが残っていました。

 

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 駅舎内に入ると、案内板の通り大黒柱が中央に構えていました。室内の柱をできる限り排除し、空間を広く取るのが当たり前の考え方になった感がある中、それでも昔ながらの家屋のイメージにこだわったことがうかがえます。

 

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 いの町は紙作りの街。駅舎内のショーケースには、紙製品がいくつか飾られていました。あるいは、こういうものも紙細工と呼ぶべきでしょうか。

 

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 文殊通に向けて出発した電車を見送って、ふと足元に目を止めると、断ち切られたレールを見つけました。かつては本線につながっていたのでしょうが、用途を失い分断されたレールです。

 

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 レールは左に緩やかにカーブしていきます。その先が気になりますね。

 

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 カーブしたレールは、さらに先で進路を西に変えています。「電車に注意」の標示板が残っていますが、今この場所での役割はもうありません。

 

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 線路はゆるやかに上昇しながら、丘の手前で曲がっています。その辺りは架線が今も残っています。

 

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 線路が曲がった先は広くなっていますが、建物があって行き止まりにもなっています。

 

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 線路の突き当りに来たようです。そして、その横は駐車場になっていました。

 実は、かつてここは土佐電鉄の伊野車庫でした。一日の仕事を終え、翌朝までここで休む電車の姿に交じり、一時は現役を引退して最期の時を待つ車両の姿もあったそうです。そんな往時の様子を示すページが見つかりました。

 

rail.hobidas.com

 

 ただ、その後電車の運用が変わり、伊野始発の電車は高知市内の蛍橋車庫で待機することになりました。そしていつしか車庫は廃止。ほとんどのレールが撤去され、さらに舗装されて駐車場に変わりました。ただ、1線だけは撤去が大変だったのか、本線に続く手前の部分まで、今も残っているのです。

 

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 駐車場は契約者用。契約者以外の駐車禁止を示した標柱が、線路跡の上に置かれています。もっとも、別段線路跡を狙ったというよりは、無断駐車の心配がありそうなのがここだった、という感じではありますが。

 

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 車庫後には車止めも残っていました。かつてこのギリギリまで電車が詰め込まれたであろう車止めは、今では無断駐車防止のトラロープのフックになっています。

 

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 敷地内の電柱には、かつての土佐電鉄の社章とともに「車庫」の文字を記した表示板が今も残っていました。ここが土佐電気鉄道伊野車庫であったことを語る証人です。

 

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 かつて朝の訪れとともに、多くの電車がここから一日を始めたであろう伊野駅すぐの車庫。今、休日の朝は駐車する自動車もなく、ただ静かに眠り続けています。