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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

シリーズ土佐の駅(80)明見橋駅(とさでん交通後免線)

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 高知市と南国市の境近く、すっかり郊外の風景になったところに、明見橋の停留所があります。

 

 

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 西行の電車が停留所を発ったところ。ここから一条橋を越え、山のふもとをつたうように走ると、次第に高知の市街地に入っていきます。

 

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 東行はノーガード電停。交通量もそこそこある国道上に、安全地帯が描かれるのみです。

 

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 後免町方面。停留所の手前には標示が描かれ、段差も置かれて運転手の注意を促すようになっています。

 

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 西行のホームは屋根もない細いもの。民家がすぐ隣まで迫っていて、勝手口を開けたらそのまま電車に乗れるほどです。

 

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 その外壁に、古墳が近くにあるとの案内がありました。時間もあるので、行ってみることにしました。

 

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 停留所から南に歩き、小川を渡ります。

 

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 高知市内の川や堀、余程大きい川でなければ必ずと言っていいほどいる鯉。

 中には色鮮やかなものや変わった柄のものもいて、誰かが持ち去ってしまわないかという気もするのですが、そうしたところで、数が数だけにいなくなることはないのでしょう。

 

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 さらに歩くと、道が急に狭まってきます。軽い気持ちで歩き出したのですが、大丈夫かという不安がよぎります。

 

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 それでも歩き続けると、再び風景が開けました。ただ、この先がどこに続いているのかは判然としません。

 

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 さらに歩くと、道が草で覆われています。辛うじてどこが道かは分かりますが、それだけです。停留所からたったの350メートルが、はるかに長く感じられます。

 

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 それでも草をかき分け歩き続けて、ようやく三号墳の近くまでたどり着いたことが分かりました。やれやれです。

 

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 三号墳は「古墳」として想像するよりもはるかに小さく、草で覆い尽されています。ただその穴から、古墳であると言われれば、納得はできます。

 

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 三号墳の案内板。これを読む限り、古墳としては比較的新しいもののようです。ただ、ここに誰が葬られていたかまでは、まだ分かっていないようです。

 

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 さらに歩いて、一号墳の近くまで来ました。後で知ったのですが、二号墳はすでに破壊され現存しないとのことです。

 

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 明見彦山一号墳。先程の三号墳と比べると明らかに整備されています。来るまでの道はさておき。

 

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 市の史跡指定を示す石碑。先程の三号墳とは扱いの違いを感じます。

 

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 高知大学の発掘調査隊が記した報告書によれば、一号墳は土佐の古墳の中では大型の部類に入るもの。その規模から、ここに葬られていたのは現在の南国市の南側の平野部のうち、西半分を支配していた首長ではないかと推定されています。当時としては勢力を持っていた人物の墳墓のようです。ちょっとした寄り道程度のつもりが、いろいろな意味で非日常に入り込んでしまった気分です。

 

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 道なき道を含めて引き返し、停留所まで戻ってきました。ようやく現代社会の空気に戻って安堵した、そんな徒歩行でした。

 

(参考) 高知大学人文学部考古学研究室(2006)「南国市における大型後期古墳の調査 」『全国遺跡報告総覧』