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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

2016北海道・東日本パスの旅(7)三陸の旅、断念

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 気仙沼からは大船渡線のBRTで盛に行き、そこから三陸鉄道南リアス線で釜石へ。さらにバスを乗り継いで宮古について投宿の予定でした。

 

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 気仙沼のキャラクター、ホヤぼーや。頭の上に角のようなものがありますが、これはホヤの入水口と出水口を表すもの。プラスマイナス、どっちがどっちか忘れましたが、とりあえず本物のホヤ同様に区別をつけています。

 

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 ここからは運行情報が命です。駅内の掲示を見ると、気仙沼から大船渡線の一ノ関方面行は、10時台の列車を最後に運休が決定。一方のBRTは平常運行。問題は盛から先の南リアス線で、これが停まると盛まで行っても立往生ですが、気仙沼に着いた時点では運転休止の連絡は入っていません。

 これなら何とかなるか。しかし、しばらくして別の乗客が駅員に問い合わせてみると、南リアス線も午後からの運休が決まったとのこと。これでは三陸沿いに北上することはできません。幸い大船渡線の一ノ関行は発車前。一ノ関から盛岡方面は在来線が午後から運休の予定ですが、その場合は新幹線を使うのみ。とにかく、ディーゼルカーに乗り込むことにします。

 

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 本日最終となった一ノ関行。雨風をほとんど感じないだけに引っかかりを感じますが、そんな場合ではありません。

 

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 大船渡線で使われる車両に貼られた「ドラゴンレール」のステッカー。路線の曲がりくねり方が竜に似ている、という愛称の由来をどこかで聞いたことがありますが、その線形って鉄道が政治に利用された最たる例なんですよね。モノは言いようとはよく言ったもので。

 

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 一ノ関に着いてみると、僅かな差で盛岡方面への在来線は終了。新幹線は動いていたので、そちらで移動するしかありません。北海道・東日本パスではこの区間の新幹線には乗れないため、特急券・乗車券とも別に購入。痛い出費ですが他に方法はありません。

 

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 とにもかくにも盛岡着。ここから宮古に向かうことにします。

 

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 やはり東北、イーグルスのポスターが掲げられています。コミカルで明るい路線になっているのは、梨田監督のイメージもあるのでしょう。

 

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  さて、盛岡から宮古までを結ぶJR山田線は、昨年から一部区間が運休で、かつこの日は全線ストップ。ですので、盛岡に着いたところで、JRでこれ以上移動することは不可能です。

 一方で、並行する国道には106急行バスという路線バスが走っているので、こちらを利用します。これまた出費ですし、避けたかったのですが仕方ありません。

 ただ、このバスの乗車券には昔ながらの硬券が使われています。以前聞いて気になっていただけに、偶然とはいえ入手する機会ができたのは良かったと思いましょう。記念に写真を撮ってみました。

 

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 バス発車までの待ち時間に昼食。名物のじゃじゃ麺を頂きました。

 

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 嵐の気配もない盛岡駅。とにかく宮古に着けば宿はある。何とか移動はできたわけだからと自分を納得させつつ、バスに乗り込みます。

 ところが、途中から風雨が激しくなり、国道沿いを流れる川も増水、泥水が恐ろし勢いで流れ出します。その果てに、国道が通れなくなったという一報が入り、紆余曲折の末に盛岡に引き返すことに。これで日程上、北海道に渡るためには内陸を通って行かざるを得ません。

 無念ではありますが、三陸の旅は次回以降に持ち越しです。思えば、三陸の鉄道の旅は断念続きです。BRT区間もそうですし、JR岩泉線に至っては、旅行の10日前に土砂崩れで通行止めになり、そのまま廃線という泣くに泣けない経緯もありました。よほど相性が悪いんでしょうか。

 ただ幸いだったのは、盛岡ですぐに宿が見つかったこと。明日以降の行程はあらためて考えるとして、まずは嵐をやり過ごすのみです。