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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

シリーズ土佐の駅(61)堀詰駅(とさでん交通伊野線)

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 はりまや橋から西に向かう電車が最初に通りかかるのが、かつて堀川を渡っていたところにある堀詰駅です。

 

 

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 交差点の西側に並んだホーム。今でこそとさでんの中心駅の座をはりまや橋に譲り渡した堀詰ですが、とさでんが最初に開通したのはここから現在のグランド通まで。当時はここが始発駅でした。

 

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 その後桟橋線の梅ノ辻から桟橋(現桟橋通五丁目)が開通すると、鏡川を渡って2つの路線を結ぶルートの建設が始まります。しかし事情から播磨屋橋に向かうルートではなく、潮江橋から西に迂回し、堀川を北上して堀詰に至る路線が建設されました。現在のように潮江橋からはりまや橋を経て、高知駅前に至る路線ができたのは昭和に入ってのこと。それまでは、堀詰駅は後免町から伊野まで全通した東西の路線と、南行の路線が集まる中心だったのです。

 

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 かつての堀川、今は埋められてしまった後に、旧町名を示す掲示が掲げられています。

 

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 堀の東西に武家屋敷と商人街が分かれていた江戸当時。その名残を示す境町と本町の町名自体は、実はなくなったわけではありません。とはいえ、今では本町が拡大し、1丁目から5丁目までの大きな区域になってしまいました。

 

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 電車通りの反対側にあるのが中央公園。毎週末のように、ときには平日もイベントが行われる広場です。

 

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 中央公園の東側に建つ新京橋プラザ。クジラを模した建物には、「土佐せれくとしょっぷ てんこす」が入っています。土産物店とは一味違う品揃えは、県外の友人知人への贈り物を探すのに重宝します。

 

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 堺町の電車通りを歩くと、傍らに石碑を見つけました。

 

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 江戸中期の画家、中山高陽の生誕地を示す石碑。商家に生まれ、儒学から詩画を修め、大成して土佐山内家に抱えられるとともに、江戸庶民にも人気を博したと伝えられる文人を記念する碑が、高知第一の金融街(?)の傍らに佇んでいます。

 

kotobank.jp

 

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 とさでんの誕生とともに生まれ、高知の歴史の面影を見続けてきた堀詰駅。 

 

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 そんな駅に、土佐電ではまだ新しい車両が入っていきました。

 

(参考)山本淳一(2016)『土佐電気鉄道(上)』ネコ・パブリッシング。