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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

原ノ町駅で臨時停車中の「スーパーひたち」、5年越しの発車叶わず【3/17追記】

 今から5年前、JR常磐線原ノ町駅。特急スーパーひたちの行く手を、巨大地震が阻みました。

 そして、その特急は、今も停まったままです。

 

  

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 私は過去に乗り鉄として原ノ町駅を訪れています。その時に停車中の「スーパーひたち」も見ています。

 

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 ここで私が撮った写真を公開できれば良かったのですが、昨年訪問した時にはあえて写真は撮らず、見るだけにしておこうと考えたため、お見せできるものがありません。

 その時には、今の不通区間が運転を再開したらここを再訪するのだから、という思いもありました。実際、原ノ町から小高の間はこの春(まだ日時が出ていませんが……)復旧予定という話なのですが、記事によればそれよりも早く、列車の撤去が間もなく始まるようです。後悔する部分もありますが、今となってはどうしようもありません。

  なお、原ノ町には特急電車だけではなくて、もう1編成、普通電車も5年間停まったままです。こちらはステンレス製なので、特急ほど劣化が進んでいるとは思わないのですが、こちらの今後も気になります。

 

 先のエントリにもある通り、原ノ町からは現在相馬との間で電車が運転されていますが、その区間の両端から先が不通となっているため、現在は孤立しています。浜吉田から相馬までの区間は今年中に復旧予定で、そうなれば再び線路が各地につながることになります。

 しかし、それも原ノ町から撤去される「スーパーひたち」には関係ない話。そればかりか、その後のダイヤ改正で、「スーパーひたち」という列車名自体がなくなってしまい、同じ形式の電車は常磐線から既に姿を消しています。

 まして、5年間外で留め置かれた電車を再び使用できる状態に戻すのは困難です。そうなれば、一部の部品こそ流用される可能性があるぐらいで、おそらく廃車解体という運命が待っているのでしょう(個人的には、1両だけでも震災遺構として保存できないかと思うのですが……)。復旧・復興の動きは、この車両にとっては「遅かった」のです。

 今日簡単にだけ書いたお話は、東日本大震災からちょうど5年が経った間、その現実のほんの一端に過ぎません。この5年の間、復旧も復興も進んでいないとは言いません。想像を超える困難な状況の中で奮闘する関係者の方々の努力には、頭が下がる思いです。

 ただ、それでも「遅かった」という現実は、被災地の内外を問わず、数えきれないほど存在しているのでしょう。原ノ町から間もなく姿を消す、たった4両の特急電車は、その象徴でもあるのです。

 

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【3/17追記】

 

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 「スーパーひたち」に関しては予想していましたが、普通電車も撤去ですか……残念ですね。

 繰り返しになりますが、個人的には、1両だけでも震災遺構として保存できないかとは思っています。