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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

『牛を飼う球団』を読む:独立リーグ球団と地域の再生への道

 創立以来12シーズン目を迎える高知ファイティングドッグス。しかし、数年前には経営危機が表面化、球団消滅という話すら出ていたのです。そのような球団が危機を脱し、文字通り高知の地に足のついた存在になるまでの過程をまとめた本書が先月中旬に発売。私もさっそく読んでみました。

 

 著者の喜瀬雅則氏は、日本の独立リーグに関心がある人なら一度はその名を聞いたであろうジャーナリスト。意外にも本書が初の単行本だそうです。

  本書は序章に続き、存続の危機に立たされた球団に集まった新たなオーナーや経営陣・スタッフ、また彼/彼女たちが重ねてきた「型破り」(これについては後述)なさまざまな挑戦とその成果をまとめたものです。

 本の帯には「奇跡」の文字が記されています。ある意味では全くその通りです。ファイティングドッグスは2009年を最後に優勝から遠ざかり、昨季は藤川球児フィーバーに沸いたものの、終わってみれば最下位の4位。成績的は振るいません。

 加えて、高知という立地上の不利もあります。さしたる大企業もなく、県民所得は常に最下位近辺。あげく少子高齢化と生産年齢人口の減少だけは全国の10年先を行くという現状。

 冷静に考えれば、詰んでるとは言わないまでも、投了しても仕方ないぐらいの状態なわけです。にもかかわらず、経営の立て直しどころか、四国アイランドリーグ4球団で初めて単年度黒字まで達成したわけですから、「奇跡」の文字が躍るのも十分理解できる話です。

 では、その「奇跡」はいかにして可能になったのか?本書に記された内容から拾ってみると、

 

高知市内から車で40分程、隣接する2つの町をホームタウンにする

・肉用牛の子牛を飼って、太らせて肉を売る。

・水田を借り受けて稲作を始め、ビニールハウスで野菜を作る

・他球団も巻き込み、海外からの観光客・留学生への体験型旅行プログラムを開発

 

 あまりやるとネタバレになるのでこのぐらいにしますが、これだけでも、およそプロ野球の球団、いや一般企業の再建からもかけ離れた内容です。これだけ見れば、突飛な奇策が当たった、しかもそれはたまたまかも知れない、そう考える人が多くても不思議はないと思います(実際幸運な面が全く無かったとも思いませんし)。

 ですが、ここで高知というホームの実情、中でも「人口減」というキー・ワードを考えてみましょう。人口は都市部よりも郡部で先に減っていきますし、そうなれば農業生産の維持が難しくなる上、耕作放棄地も増える。そのような中で痩せ細っていく人の流れを取り戻すには、まずは観光、つまりは短期で地域へのコミットが少ない、したがってハードルが低いところから始めるという手がある。

 とすれば、選手を郡部に住まわせて生産年齢人口を増やし、球団に関わるヒトの動きを作ること、後継者不足で農業生産の維持が難しかったり、耕作放棄地が増加しているので、農業生産に取り組むことも、さらには観光業への進出も、実は理に適っていることが理解できます。それにしても牛を飼うのは奇策感が残りますが、PR効果に加え、肉を売って投資以上の金額を回収しているのですから大したものです。

 ただこれらの策も、思いついたからやる、というレベルの取り組みでは、単なるパフォーマンスとしか思われないことでしょう。本書では、スタッフ・選手が牛の飼育や農業に真摯に取り組むことで、はじめは懐疑的だった地域の人々の理解を得る過程も記されています。また、農業を始めるにあたって、その道のプロを招聘している点も見逃せません。ただ選手に農業を体験させたり、地域の人々との交流拡大にとどまらず、農業を事業として成立させようとする姿勢が感じられます。

 このような取り組みの延長線上に、球団はアフリカからの選手採用(受け入れ、というと入団させてあげてる感がありますが、ちょっと違う気がします)、訪問医療等、新たな取り組みも始めています。そして、そんな球団に去年訪れた「ご褒美」……これは、実際に読んで確かめていただきましょう。想像のつく方もいらっしゃるでしょうが、あまり伝わらない舞台裏の話を読んでいただくのも悪くないと思います。

 このようにして、正真正銘の高知の球団としてしっかりと根を張ったファイティングドッグスですが、本書にあまり書かれていない課題も当然はあります。言ってしまえば本業の野球です。

 ただし、独立リーグMLBNPBをはじめ各国の最高位にあるリーグに選手を売り込む存在ですから、チーム成績がさほど振るわなくても、スター候補を育てて送り出して注目を集められれば、まだ何とかなる。そして、送り出す先は日米に限る必要はない。去年は台湾プロ野球のドラフトで高知所属の選手が指名されましたし、同様に韓国プロ野球などに選手を供給できれば、それらの国からの関心は増すわけです。

 一方で育てるという点で言えば、今後世界各国から有望な選手を発掘することで、野球人気の国際的な拡大や高知・四国への注目を集めることにもつながるでしょう。もっとも、「○○初のプロ野球選手」は高知に限らず独立リーグの他のリーグ、他の球団でも登場していますし、そこには競争があります。もちろん、この辺は球団もとっくにご存知だと思うので、手をこまねくことはないと期待しますが。

 

 消滅寸前の球団が立ち直るまでのストーリー。サクセス・ストーリーとまでは言えないかも知れませんが、さまざまな課題に直面する地方各地にとっては示唆に富むでしょうし、地域を再生・発展させるための企画や事業を立案し、実施していく上でも参考になりそうです。

 ただ、私にとってそのストーリーが眩く映るのには別の理由があります。個人的な話ですが、今までにあまりにも多くの球団が消滅するのを、私が見届けてしまったから、という面がどうしても否定できないのです。

 私が生まれ育った関西。いまや阪神タイガース一辺倒となってしまったこの土地は、プロ野球球団の集団墓地でもあります。NPBでは南海ホークス、阪急ブレーブスオリックス・ブレーブス大阪近鉄バファローズオリックス・ブルーウェーブ。さらに独立リーグでは大阪ゴールドビリケーンズ、神戸9クルーズ、明石レッドソルジャーズ紀州レンジャーズ、ソウル(コリア)・ヘチ、大和侍レッド……(地域としては関西ではありませんが、系統からすれば三重スリーアローズも入ります)。そして、関西独立リーグ、ジャパン・フューチャーリーグという2つのリーグそのものも消え去ってしまいました。

 本書であらためて知ったファイティングドッグスの取り組みがさらに成果を生むことを期待する一方で、このような取り組みを共有できていたら、消えずに済んだ球団はあったのだろうか……

 どう考えても詮の無いことですが、それでも感じずにはいられないほろ苦い思いが少しだけしたのも、正直なところです。

 

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