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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

ちょっと前の土電・2011年夏高知旅行の記録から

こーち てつ

 4年前の夏、当時の土電(旧土佐電気鐡道)でまだ乗ってなかった区間を乗り通そうと、高速バスで高知に出かけたことがあります。今日はその時の記録をば。

 

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 高速バスから乗り換えた電車で、まず大橋通へ。以前に旅行した時に行ったひろめ市場を再訪しようと思ったのでした。

 

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 半世紀以上前から走る電車。高知では電車も高齢化しています。

 

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 ……と思ったら、大橋通の商店街で予想外のマネキンがお出迎え。

 

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 そして少し歩いてひろめ市場へ。横断幕が当時の情勢を物語ります。

 

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 前回訪れた時には鍋焼きラーメンのお店があり、生まれて初めて体験する味に感動を覚えたものです。残念ながらお店は入れ替わっていたのですが、それはそれとして、定番を味わえたのは良かったです。

 

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 昼食後に電停に戻ると、高知唯一の超低床車ハートラムが停まっていました。発車待ちをしていたので、当然乗り込みます。

 

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 ハートラムは伊野方面の途中の鏡川橋止まりで折り返し。ここから私は別の電車で伊野に行きます。

 

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 伊野行がやって来ました。

 

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 途中の話はあと出させていただくこととして、ひとまず改築された蔵造りの駅舎も真新しい西の終点、伊野に到着しました。ここから東の終点の後免町まで行くのですが、直行する電車が無いので、途中で乗り換えることになります。

 

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 伊野から高知城前まで行って、ごめん電車に乗り換えます。

 

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 こちらも歴史は古い電車。土電に来たのは40年前ですが、製造されてからは50年ではきかないでしょう。

 

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 高知城前から市街地を東に突っ切り、隣町の南国市に入り、終点後免町に到着。

 

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 先の電車が折り返した後に来たのは、土電ではまだ若い電車。当時の電車を見ると、前面に土電のコーポレートイメージが描かれたものがありますが、これが3年後にはなくなるわけです。

 

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 後免町からはりまや橋へ。左は昔の名鉄岐阜市内線の電車、右は初代「おきゃくでんしゃ」、つまり宴会(おきゃく)のできる電車です。ただ普通の運用に就くことが多いですし、朝から走っているからといって朝酒電車になっているわけではありません。

 

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 さて、先程の伊野行の話です。鏡川橋から伊野までは単線で、その途中からは、だい前のエントリで書いたタブレットが現役で活躍しています。

 

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 タブレットを使うのは朝倉から西、伊野から朝倉に来た電車の運転士が、伊野に向かう電車の運転士に渡します。それで、朝倉で受け取ったばかりのタブレットを早速撮ってみたのです。

 朝倉なので高知大の朝倉キャンパスがばっちり写っています。正直なところ、せいぜい「あ、高知大ってこんなところにあるんだ」ぐらいの事は思っていましたが、当時私はタブレットの方にばかり関心が集中していました。

 

 まさかその4年後に赴任するとはな。