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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

2015年8月・モンゴル訪問の記録より(起)

 8月にモンゴルでの国際会議に出席して研究発表を行ったということは書いたのですが(当該エントリ)、それ以外の報告をこちらでしていないのを思い出しました。せっかくですので、写真を基に書いてみたいと思います。

 

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 今回は高知から羽田に飛び、羽田からリムジンバスで成田に移動して、MIATモンゴル航空の直行便でウランバートルチンギス・ハーン空港に向かいました。

 

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 モンゴル航空のB737-800。初めてモンゴルに行った時にはB727だったのを思うと、隔世の感があります。

 

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 隔世の感と言えば、機内食モンゴル国内産の缶ビールを頼みました。ウランバートルでビールがほとんど生産されていなかった時代、輸入物ですら冷えたビールを探すのに四苦八苦していた時代を知るだけに、感慨はあります。

 ただ冷静になって、残念だったのは登場した便で日本語のできそうなスタッフが見当たらなかったこと。機内の案内も自動放送のみでしたし、安全確認もポケットの注意書きを読むようにしか聞きませんでした。夏場は成田便の毎日運航に加え、8月には羽田チャーター便があったりして、人手が不足していたのかも知れませんが、ひとたびトラブルがあればどうなっていたか分かりません。

 

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 ともあれ、チンギス・ハーン空港に降り立ちました。

 空港では白鵬の大きな写真が乗客を出迎えます。こちらはクレジットカードの広告でした。その後はさしたる問題もなくモンゴルに入国し、旧知のモンゴル人の先生が出迎えてくれたので、そのまま市内のホテルに行きました。

 

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 私が泊まったのはウランバートル・ホテル。創業50年余り、社会主義時代にも外国人の宿泊が許されていた歴史あるホテルです。今でこそウランバートルにもやっと大手チェーンのホテルができましたが、私の学生時代は数えるほどしかない(ウランバートルの水準では)高級ホテルだったわけで、ここに泊まれる人は良いなぁと思ったものです。

 

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 ただ、歴史があるということは、建造以来だいぶ経ってるということでもあります。当然リノベーションは行ってますが、使用感は否めません。左側を見ると、壁紙がちょっと浮いてます。

 

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 ほかにも、電気がつかなかったりプラグが使えなかったり、能が悪いところはあります。

 とはいえ、そういう不便も含めて、昔のウランバートルを思い出して懐かしかったりするのですから、私も相当重症なのだと思います。

 

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 翌朝早くに目が覚めたので、ホテルの窓から外を眺めてみました。

 手前にある城のような建物は、「文化中央宮殿」(соёлын төв өргөө)という文化施設。今でこそ後ろのビルに見下ろされてますが、2000年代前半まではモンゴルでも有数の高層建築でした。

 もっとも、その外観から1990年代の日本人留学生には「たけし城」(あるいは「たけちゃん城」)と呼ばれてたりもしました。当然ながら、あのTV番組のたけし城に由来するわけですが。

 

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 宿泊先のウランバートル・ホテルですが、ちょうど正面玄関や駐車スペースが改装中でした。

 ちなみに、このホテルの前は緑地になっているのですが、旧社会主義国のモンゴルだけあって、ここには2012年10月に撤去されるまでレーニン像が立っていました。念のため付け加えますと、2012年までというのは誤植ではありません。21世紀になってだいぶ経っても、レーニン像があったのです。

 

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 これは1998年に撮った写真。古いのと筆者の腕の問題で、見づらいのは済みません。ただこういう感じで、民主化はしたけれどレーニン像はずっと倒されないままでした。ただ、とりあえず民主化はできたので、わざわざ銅像を倒すこともないだろう、ということだった可能性はあります。

 もっと言うと、スターリン像は民主化運動が起きて早々に倒されたんですが、これはこれでスターリン批判後もずっと撤去されてなかったというのが、よくよく考えると不思議ではあります。

 

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 現在レーニン像の跡には、モンゴル近代文学の祖と言われるD.ナツァグドルジの像が移設されています(もともとは近くの遊園地にありました)。

 

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 ホテルから少し歩いたところで、荒馬を馴らす少年の像が噴水に囲まれています。

 この辺りはウランバートルの中心地。中央の白い建物は、社会主義時代の支配政党で、現在は最大の(国会では唯一ですが)野党の人民党の本部です。

 歴史ある政党の本部の割に新しい建物ですが、これは2008年の総選挙後に暴動が発生、旧本部が焼き打ちにあったために再建されたものです。

 

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 こちらはウランバートルの中心にあるチンギス広場。その背後にあるのが政府宮殿で、簡単に言うと、国会議事堂と行政府の中枢を足したものです。ロシアの赤の広場、中国の天安門広場をイメージしてもらえると良いかと思います。

 空港と言い広場と言いチンギス・ハーンの名前になってますが、どちらも今の名前になったのは比較的新しい話。この広場は最近までスフバートル広場という名前でした。正面に騎馬像が見えますが、これがモンゴルの独立を決定的にした人民革命の英雄スフバートルで、彼の名をとった広場なのです。

 

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 その前には遊牧民の移動住居「ゲル」と、左にラクダとヤギの像が、どちらも草花で覆われています。

 

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 その右側にはヒツジとウシ。環境保護のアピールでしょうか。

 これから市内を歩いて資料と情報収集に行くのですが、この後の話は別のエントリにて。