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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

2015夏 宮城・常磐鉄道紀行(13)原ノ町から竜田へ(下)

 帰還困難区域に入ってからもバスは何事もなく走り続けます。停車するバス停もないので車内放送もなく、数少ない乗客同士の話し声もほとんどありません。バスのエンジン音と対向車の通り過ぎる音、たまのシャッター音を残しながら、バスはただ走り抜けていきます。

 

 

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 双葉町はまもなく終わり、大熊町に入ります。帰還困難区域が終わるのは、まだ先です。

 

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 かつてここでは稲穂が揺れていたのか、他に作物が育っていたのか。

 ただ、そんな姿を失って久しい草地を、送電線が横切っています。

 この送電線で電気を送っていた発電所は、ここから近過ぎました。

 

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 双葉町大熊町との境界付近。ここで左に折れて海沿いに進んだところに、その発電所、いや、その残骸があります。

 誰も一言も発しない中、バスはとりたてて速度を挙げも落としもせず、交差点を直進して去っていきます。

 

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 空間線量率の数値が跳ね上がりました。鈍い私ですら緊張感を覚えます。

 落ち着いて表示を見直すと毎時マイクロシーベルト。間違ってもミリシーベルトではありません。

 3.775マイクロシーベルト/時間×24=90.6マイクロシーベルト/日。

 90.6マイクロシーベルト/日×365=33069マイクロシーベルト/年。

 大きな数字ですがあくまでマイクロシーベルトなので、ミリに直すと33.069ミリシーベルト/年。これで計算は合っているのでしょうか。できればご専門の方に確認したいところです。

 ただ、何はどうあれ、私はここをただ通るだけの人間です。今後常磐線が徐々に運転再開されれば、そのたびに訪れることになるでしょうが、代行バス・電車も含めて1回通過するのにかかる時間は1時間ほど、たかが知れたものです。

 ただ、この土地を離れざるを得なかった人々には、1回こっきりではない、年間の線量が重くのしかかっているのでしょう。それが下がるのがいつなのか、私には分かりません。 

 

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 この森の向こう、そのどこかに、発電所の跡があります。ただ、それを望むことはできません。

 

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 反対側、草で覆われた土地の先に林が、山があります。その先どこまで行ったところに、今もそこで暮らす人の息づかいがあるのかも、私には分かりません。

 

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 いつしか帰還困難区域が「この先」に変わっていました。写真を取り損ねたのですが、大熊町を去って富岡町へとバスは入っていきました。町内のどこかで帰還困難区域が終わる(終わった?)はずなのですが、特にそれを示す看板を見つけることができませんでした。

 

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 ただ、線量率の表示はそう変わらないまま。まもなく原発事故から4年半、しかし現実が劇的に変わることはありません。

 

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 ただ、それでも人は諦めず、願いを捨てずに今日も生きています。帰還困難区域を(おそらく)区域を抜けて、安堵感と強い思いに、固まっていた心が次第にほぐれていきます。

 

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 そんな時に見た、福島第二原子力発電所という名称の交差点。厳しい現実を一気に突きつけられた思いです。

 ただ、この交差点を突っ切ってしまえば、バスはほどなく楢葉町に入ります。駅にもバス停にも寄らない代行バスは、竜田の隣の駅、富岡のある富岡町を過ぎました。終点竜田まで、名実ともにあと1駅です。

 

(参考)首相官邸ウェブサイト「避難指示区域の概念図 (平成27年9月5日以降)」(PDF形式)

原子力災害現地対策本部原子力被災者生活支援チーム「国道6号等の通過(帰還困難区域の特別通過交通制度の運用変更)について」(2014年9月12日、PDF形式