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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

HのはずがGになる:モンゴル語の外来語、表記と発音

 仕事でモンゴルのニュースサイトをよく見ます。先程も何気なく眺めていたところ、"БОГЕМА"という見たこともない単語が目に入ってきました。ラテン文字(ローマ字)アルファベットにするなら"Bogyema"か"Bogyöma"、あえてカタカナにすれば「ボギェマ」もしくは「ボギュマ」でしょうか(Еの発音は2通りあります。また"ö"はドイツ語のものとは発音が違います)。

   細かい話は省略しますが、モンゴル語では合成語や限られた例外を除き、oないしaの音と、eないしöの音が同じ単語に入ることはありません。そもそもyeやyöが出てくること自体も結構限られるので、モンゴル語を習いたての人でも、これが外来語であることは分かるはずです。

 にしても、「ボギェマ」?「ボギュマ」?アフリカの地方都市にありそうな響きですが、なんじゃこりゃ?そう思ってよく読んだところ、

 

プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」のことでした。

 

 本日17時からウランバートルの国立オペラ舞踊劇場で開演だそうです。余談ですが、モンゴルは社会主義時代にソヴィエト経由でクラシック音楽が入っていて、ウランバートルではオペラやバレエが頻繁に開演されていますし、経済的に余裕ができた最近ではモンゴルのオーケストラやソリストがCDを出すようにもなっています。

 話を戻して、「ラ・ボエーム」の本来の綴りはLa Bohèmeです。それがなぜああなってしまったのかというと、おそらくは先程の「ソヴィエト経由」というのが関係しています。La Bohèmeがロシアに入った時点でБогемаとなってしまい、それがそのままモンゴルに入ってきたということです(ちなみに、先程ロシア語版のwikipediaを見たところ、案の定"Богема"となっていました)。

 私はロシア語に挫折した人間なので、詳しいことは言えないのですが、ロシア語にはhの音が存在しません。「ハバロフスク」みたいに、カタカナのハ行で表す音もあるのですが、これはロシア文字でхの音で、hよりも喉の奥で出す(無声硬口蓋摩擦音、で合ってたっけな。上あごの固い辺りに擦り当てて出す音です)ので、厳密には異なります。

 そういうこともあり、外来語のhの音はロシア語ではgに置き換えられることになります。たとえば、オランダ(Holland)はГолланд、「ゴランド」となってしまいます(「ネーデルランド」に由来するНидерландыという表記もありますが)。

 そして、モンゴルは近代化の過程でソヴィエトに大きく依存しており、さまざまな外来語をロシア語経由で受け入れたため、今述べたようなロシア語化した外来語、さらには発音の変化のクセも、モンゴルはほとんどそのまま受け入れました。加えて、モンゴルで一般的なハルハ・モンゴル語にもhの音はありません。先程のхも、モンゴル語ではロシア語よりもさらに喉の奥で出す音(無声軟口蓋摩擦音。上あごの柔らかい辺りに擦り当てて出す音)になるため、ロシア語よりも違いが大きくなります。

 ですので、もともとhだったはずの音が、モンゴル語でもまたgになるわけです。昔の日本では「ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い」などという川柳がありましたが、モンゴルではヘーゲルがゲーゲリです。10数年前に見たタブロイドでは男性同性愛者が「ゴモ」と呼ばれていました。それ以外にも、ハムレットはガムレート。ハンバーガーはガンボルゲル。他にも探せば例はあることでしょう。

 ただ、最近ではhの音にхを当てる例もよくみかけます。おそらくは、モンゴルの社会主義体制放棄や、ソ連崩壊などで、ロシア語を経由しない外来語流入が一気に増えたことが大きな理由でしょう。

 実際、gを当ててしまうともともとgだったものと区別がつかないので、その方がまだ便利は良いかな、とは思います。特に日本語のハ行はхの音を当てて何の問題もありません。ですので、元阪神タイガース濱中おさむ氏が「ガマナカ・オサム」になる必要もありません。

 それはそれで良いのですが、厄介なのが既に入ってきた単語の扱い。固有名詞の場合はそうそう変わりませんし、だからこそボギェマやボギュマが今でも存在するわけですが、先程のガンボルゲルはХанбургерになったり、ならなかったりです。

 どこを経由して入るかで外来語の表記や発音が変わるのは、別段モンゴルに限りませんが、モンゴルの場合その経路に大きな変化があってから四半世紀ぐらいなわけで、いささかややこしかったりします。少なくとも、hのはずがgになっているがために「??」となることは、おそらくなくなりはしないでしょう。