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人には添うてみよ、馬には乗ってみよ、酒には酔うてみよ。

「モンゴル社会研究」の欠乏(1)はじめに

モ国 けんきう

 去年の11月に駐日モンゴル大使館とモンゴル学会共催で「日本におけるモンゴル研究の現状と課題」をテーマとするシンポジウムが行われました。私は「社会・経済」の担当で報告を行ったのですが、その準備の過程で頭を抱えたことがあります。というのは、

  「モンゴル研究」という枠に含まれるモンゴルの社会・経済を対象とした研究が、はたしてどれだけあるのか?

 この疑問について、否定的な回答しか出てこなかったためです。

 シンポジウムのテーマからすれば、本来報告すべきはモンゴルの社会・経済を対象としており、かつ「モンゴル研究」の一部として位置付けが可能な研究ということになります。しかし、私があれこれ調べていくうちに、はたしてそのような研究が日本にどれだけあるのか、疑念ばかりが膨らんでいき、結果として取り上げるべき研究がほとんど思いつかなくなってしまいました。

 モンゴルの社会や経済を対象とした研究がないわけではありません。例えば、CiNii(日本で公刊された学術文献の検索エンジンとして代表的なものです)で「モンゴル 社会」で検索をかけると546件、「モンゴル 経済」だと594件がヒットします。

 むしろ問題は、それらを「モンゴル研究」の一部として位置づけることが可能かということです。さらに、かりにそれが可能だとして、今度はそれらの研究を「モンゴル社会研究」として、モンゴル研究の他の分野から独立したものとして見ることが可能か、という疑問も出てくるのです。

 詳しい話は今後のエントリで議論していきますが、どちらの疑問に対しても、私の答えは否定的です。日本はモンゴル研究の長い歴史があり、世界的に見てもモンゴル研究の拠点の1つであると私は思っていますが、これまでの研究の多くは、それらの蓄積とはほとんど関連のない形で存在していると私には思われます。

 他方、「モンゴル研究者」によるモンゴルの社会・経済に関する議論も決して少なくはありません。ですが、その多くは言語学歴史学など、社会科学・地域研究以外を専門にする研究者によるものです。とりわけ、(これは日本に限りませんが)モンゴル社会に関する研究は文化人類学者によって進められる部分が結構あります。ただ、シンポジウムでは文化人類学に関する報告があったので、そのような研究を私が取り上げることはできません。

 その結果、「モンゴル研究」とは言い難いもの、社会科学・地域研究の裏打ちがないものを除いてしまうと、「モンゴル社会・経済研究」として何も残らないことはないのですが、その残ったものは相互に関連の薄い研究の寄せ集め(というほど数があるわけでもないのですが)以上になり得ない、という結論に陥ってしまったのでした。というわけで、当日は研究の現状よりも、モンゴルの社会・経済を研究する際に取り組むべき課題とは何かというトピックで報告を行いました。ちなみに、当日のスライドは以下でご覧いただけます。

  

モンゴル経済・社会研究の諸課題 急成長の光と影、そしてその先

 

  このトピックについて報告すること自体は、意味のあることだったと思います。また、幸いなことに好意的な反応も頂きました。

 ですが、「モンゴル研究」における社会研究の欠乏、という問題意識はその後もずっと私の中に残っています。いや、大げさになるのを覚悟で言えば、「モンゴル社会研究」というものの欠乏と直面し続けてきたのが私の研究履歴です。少しでも別の分野を選んでおけば、研究者として楽だったのではないかと思うことは何度もありました(今となっては、この研究だからこそ得たものがあるわけで、少なくとも結果オーライとは言えるだろうとは思っていますが)。

 そこで、これから「モンゴル研究」としてのモンゴル社会研究の欠乏について、不定期にはなりますが、何回かに分けて書こうと思います。そしてできれば、その欠乏を乗り越えるための条件についても考えてみたいところです。

 なお、次回以降の話を進めるために、ここで用語について確認しておきたいと思います。まず「社会研究」ですが、ここでは割合広い意味で使います。つまり、社会・経済・政治・対外関係など、社会科学が直接の対象とする領域を指すこととします。上で述べたような問題は、これらの領域にまたがって存在しており、「モンゴルを対象とした社会科学研究」の問題として検討すべきだと私は考えています。

 また、ここで「モンゴル」という場合、主に現在のモンゴル国および、その前身となるモンゴル人民共和国や共戴モンゴル国(ボグド・ハーン政権)を扱いますが、中国内モンゴル自治区など、「モンゴル」をアイデンティティとする人々が主に構成する社会も視野に入れることとします。「モンゴル」の経済・政治・対外関係を対象とする場合、主権国家たるモンゴル国とその前身だけを扱えばまず問題はないのですが、それら以外も含めると、他の地域に関する研究を排除する根拠はない、というのが理由です。もっとも、私自身の研究関心はモンゴル国にあるので、それ以外の「モンゴル」の研究には疎いのですが……